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Healing Essayヒーリング・アーツとともに

ヒーリング・アーツの基礎中の基礎、<コマンド・オフ>実践報告

「知ること」への本源的・本能的欲求こそ、生物としての人間の最も顕著な特徴といえる。
 手は、触れ合いを通じて「知る」ための器官だ。私たちは普段、目で見て知ることはよく行なっているが、手を通じて知ることについては朧[おぼろ]げな意識しか持っていない。だが、視覚で認識することと、触覚で認識することとは、似ても似つかぬ経験だ。
 人は、手で触れ合うことによって自分自身を知り、他者を知り、人と人との関係性について学んでいく。
 幼いアカゲザルの子供を母親から非情にも引き離し、様々な(その多くは悲惨な)状況下に置いて育てたハーロウの有名な実験によれば、温かい愛情に満ちた触れ合いを母親との間で体験できずに育ったサルの子は、成長しても他者と社会的関係を築き上げることがうまくできず、自分が母親になっても子供を育てることができなかった。
 私がこれまで観察してきたところによれば、同じことが人間にも当てはまるようだ。触れ合いによって全身すみずみの皮膚感覚が活性化しなければ、私たちは人としての身体、人としての心に目覚めることができないのだ。

高木一行著『奇跡の手 ヒーリング・タッチ』より

 ヒーリング・タッチによる「触れ合い」は、人間らしく生き、他者との愛にもとづいた関係を構築してゆく上で、大きな助けとなるでしょう。

 ヒーリング・タッチを修得する上で、なくてはならないファクター(要素)が、「オフ」の概念です。
「オン(すること)」とは正反対の「オフ(しないこと)」感覚を養うことが、真に自分自身や他者をいやすことのできる「ヒーリング・タッチ」修得を可能とします。
 私たち現代人は、何もしないこと、ただ休むことが苦手です。時間があると、ついスマホをみたり、PCやテレビをみたり、本を読んだり、何となく、「何かをしてしまう」習性があります。心も体も、真に休まる時間がなく、つねに何かを思考したり、行動したりしています。
 日常生活の中で、「オン(すること)」ばかり行なっているため、「オフ=休むこと」ができなくなっているのです。肩や背中にいつも力が入って慢性的肩こりがあったり、腰や膝が固まって痛くなったり、あるいは常に何かを考えているため精神が休まらず鬱状態になったりと、症状は人それぞれですが、何かしらの不調を抱えています。
 その根本的な原因が、「オン(すること)」に偏った心身の使い方だとヒーリング・アーツでは教えています。この「オン」に偏ったあり方をリセットするためのヒーリング・メソッドのひとつが、『奇跡の手 ヒーリング・タッチ』でも紹介されている<コマンド・オフ>です。

 日常生活の中で<コマンド・オフ>を行なうと、どのような変化が起こるのでしょうか? ・・・ヒーリング・アーツ・トレーナーによるご報告を、以下にご紹介します。

 

<コマンド・オフ>実践報告

報告1

 日常の様々な場面で「コマンド・オフ」を実践していきました。
 早々に感じたのは、思っていた以上にそれが難しいということでした。
 これまで、ヒーリング・アーツの稽古の時は一つ一つの練修をコマンド・オフすることは心がけていましたが、日常の中ではおざなりになっていたことを痛感してしまいました。
 特に仕事の時など、事前に「この仕事はコマンド・オフでやめる」と決めていたのに、ふと気づくと別の仕事(コマンド)が始まっていてがく然とすることもしばしばでした。

 ある日、一日の仕事が終わりに近づいた時、自分が今何をしているかを意識→「コマンド・オフ」してみると・・・砂時計の砂がサーッと落ちるように全身の強張りが流れ落ちていきました。深いリラックスを味わうことができ、一日の疲れが一掃されました。
 その後もコマンド・オフを行なっていると、それだけで一つ一つの行動の合間にいやしを感じることができ、またそれが次のアクションへスムーズにつながっていく(行動に節度が生まれる)ことを感じました。
 このような「オフ感覚」を得る術を知らなければ、朝から晩まで何かするごとにオンにオンを重ねていくことになり、心身が凝り固まってしまうのは当然ではないかと思いました。
(佐々木亮 神奈川樂会)

 

報告2

 ヒーリング・アーツの練修では基本中の基本である「コマンド・オフ」ですが、日常生活では、何かを行なっていても、無意識のうちに次の動作や仕事に移っていることがほとんどとなっていることに気付き、早々に「これはまずい」と思わずにはいられませんでした。
 スピードを求められる仕事をしているとき、ある動作を行なっていてその行為が終わりかけのときに、もう次の動作のことを考えていることに気付いてハッとしたりすることもしばしばで、そういう時にコマンド・オフができると、先へ先へと急ごうとする意識がスーッと自分の中に収まってくるように感じられて、落ち着きを感じられるようになりました。
 また、何か仕事をしている時に、他の事を考えようとしてしまうことも多々あり、そういう思考をコマンド・オフすることで、過去も未来にも煩わされない「今」を感じる時間が増え、その仕事に集中しやすくなりました。
 コマンド・オフを実践することを心がけていると、日々、コマンドをオフせず積み重ねていることを痛感します。コマンド・オフが行なえると、生活や行動に心地よいリズムが生まれて、物事や気持ちの切り替えがうまくいくように変化しつつあるのを感じています。
(佐々木奈緒子 神奈川樂会/女神会)

 

報告3

「コマンド・オフ」を日常の動作で行ってみようとして、仕事中に「コマンド」を意識してみましたが、無意識的にいくつものコマンドを同時に処理しているのを感じました。誰もがごく簡単に行なっているようなことでも、なんと複雑なコマンドが出されているのだろうと驚くと同時に、「コマンド・オフ」をいきなり応用することは難しいと感じました。
 そこで継続して行なっている「手ほどき」や、歯を磨くことといった単純な動作で、時間に余裕のある時に「コマンド・オフ」を行なってみました。まずは「コマンド・オフ」と普段の「ストップ」の違いを感じてみました。
「ストップ」する方は「ストップ」という新たなコマンドを発しており、またわずかであっても力を使って前の動作を抑え込もうとしているため次の動作の前にギクシャクしたり、力みが残ることがわかりました。
 一方「コマンド・オフ」がうまくできると力を使うことなく動作が緩やかに減速して行くので、次の動作にスムーズに移れたり、細やかな微調整ができることがわかりました。
 ついつい、「ストップ」するクセが出て、うまくいかない時もありますが、「コマンド・オフ」を使えるよう普段から取り組んでいこうと思います。
(東前公幸 ヒーリング・ネットワーク関西)

 

報告4

 ただ動作を止めることと「コマンド・オフ」の違いを、日常の中で検討しました。

 滑らかに脱力する、拮抗する筋肉を緊張させる、終息した状態をイメージしそこへ身体を向かわせる、等々考え始めると本当に正しい身体操作とはどんなものなのか何も確信を持って行なえなくなってしまったりしながら、日頃の行動を再確認しました。

 何も考えず、無意識で動作を停止することと比べ、コマンド・オフには確かに反響とか還流というような「返ってくるもの」、「独特の流れ」、「納まるところ」といったものを感じることができました。
 前へ前へ、次へ次へと一方向にばかり気を向かわせる癖が染み付いてしまっていることで、身のこなしにせよ意識の持ち方にせよ、知らないうちに自分という存在を限定的なものにしてしまっているのではないかと思われ、その呪縛から脱却するための大切なヒントを「コマンド・オフ」から見出せるのではないかと考えます。
(水野幸司 ヒーリング・ネットワーク東海)

 

報告5

 年末で忙しい日々の中でコマンド・オフを実践していくと、「◯◯をする」「次に◯◯をする」「そして◯◯を……」と休みなく動いていく中で心身が疲労する流れが一旦やんで、穏やかに内面が満ちるような状態が訪れるのが感じられます。
 あちこちに散っていた注意が等身大の自分に戻ってくる感覚と共に、液体が静かに満ちているような充実感、鎮静感があります。
 一方で、ありのままの自分と現状を実感する時間が訪れるので、毎回、今までどうであったか、これから何を行なうかという内省や再認識、決定があり、無意識に日々を送らせないような流れが生じるように感じます。
(道上健太郎 ヒーリング・ネットワーク山口/毘沙門会)

 

報告6

 日常生活の場面ではありませんが、先週に引き続き、<手ほどき>の実践の中で検証してみました。<手ほどき>の実践を「コマンド・オフ」により、今自分が何をしているのか、どのような意図をもって行なっているのか(=身体を緩み解すべく、手を振りほどく)をあらためて意識化し、その意図(コマンド)をオフにします。すると、ただ行為を終了させてしまうのとは違い、<手ほどき>によって生じた身体の粒子的感覚が保たれたまま、静止状態へと移行することができ、身体が緩んだ感覚を充分に味わうことができます。

 <手ほどき>の実践の最中に身体を観察してみると、そこには「手を振りほどく」「両腕を上げる」「立っている」など、複数のコマンドから成り立っていることに気付かされます。そこで立っているというコマンドだけを残して、両腕を上げる、手を振る、のコマンドをオフにします。すると両腕が徐々に動きを収めて下がっていくのですが、完全に停止するのではなく、自然発生的に新たな動きが、身体を調律するかのごとく沸き起こってくることがあります。このことは身体が機械的なものではなく、様々な可能性を秘めた生命体であることを強く感じさせてくれます。
(平川晋一 神奈川樂会)

 

写真:Healing Photograph スライドショー1-12<龍宮夢幻1>より