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Healing Essayヒーリング・アーツとともに

ヒーリング・アーツ初心者必須の練修法〜蓮華掌〜

<ヒーリング・タッチはいやしの光を灯[とも]す>
 ヒーリング・タッチを深く受け容れる時、人はしばしば<光>を自らの裡で体験する。闇の対極にある通常の光とは違う。私が述べているのは光ならざる光であり、闇の裡にも充ちている光だ。観ること、聴くこと、触れ合うこと、嗅ぐこと、味わうこと、それら諸々の経験がよって来たるところの、生命の精髄[エッセンス]だ。<ヒーリング・ライト>と、それを仮に呼ぶこととしよう。ヒーリング・ライトが極[きわ]まる時、私は無限多面体にカットされたダイヤモンドの如き結晶感と、極限遠にまで透き通った透明さとしての<光>を、健康感と等価のものとして心身一如で感じる。心と体の区別はもはやつけがたい。心と息も完全に融合して一体となっている。
 歓びとともに生命[いのち]の光は顕[あら]われる。猜疑心に呵[さいな]まれる時、怒る時、自惚[うぬぼ]れる時、傲慢になった時、いやしのクリア・ライトはたちどころに見失われる。だから、ヒーリング・ライトを自らの裡に招きたいと思うのであれば、常に歓びに満たされるよう努めることだ。

高木一行著『奇跡の手 ヒーリング・タッチ』より

 

 現在、山口刑務所で服役している夫・高木一行は、獄中においてもヒーリング・タッチを日々励行し、その恩恵を受けているそうです。
 夫の同房者の方々も、夫の活動に興味を持ち、夫からヒーリング・アーツを教わって、楽しく実践しているそうです。夫はどこにいても、周囲に影響を与えずにはいられない、不思議な吸引力を持つ存在なのだと、あらためて思いました。
 外にいる私たちより、刑務所の人たちの方が、はるか先に進んだヒーリング・アーツを知っているのかもしれません(笑)。
 実際のところ、夫の修養はとどまるところを知らずに深まり、姿勢の極意などもどんどんその要訣が明らかとなっているそうです。
「◎◎だから今はできない。◎◎が終わったらやろう」というのは言い訳であり、どこにいても、どんな状況でも、やろうと思えばできるということを、夫は示してくれているような気がします。

 さて、読者の皆様よりご好評をいただいている、ヒーリング・アーツ・トレーナーによる実践報告をご紹介します。今回は、『奇跡の手 ヒーリング・タッチ』から「蓮華掌・第1段階(手の粒子感覚に凝集・拡散の波紋を起こす)」を課題としました。
 蓮華掌[れんげしょう]は、ヒーリング・アーツの基礎および極意であり、これなしにはヒーリング・アーツを語ることができないというほど大切な、<凝集と拡散(レット・オフ)>を修得するための初級練修法です。
 ヒーリング・アーツ・トレーナーたちも、「初心に還る」ことで、様々な気づきがあったようです。

 

報告1

 ヒーリング・タッチの基本メソッドである、「蓮華掌」の「第1段階(手の粒子感覚に凝集・拡散の波紋を起こす)」を練修しました。
 以前、「蓮華掌(第1~第4段階)」には徹底的に取り組んだ時期がありましたが、今回あらためてとりくみその奥深さに驚嘆するとともに、「第1段階」が礎となる大切なフェーズであるということをあらためて感じました。

 掌心(てのひらの中心)を凝集→拡散させるという、シンプルなメソッドですが、基盤である粒子感覚を基にバランスよく行なうことは非常に難しいです。
 単行本『奇跡の手 ヒーリング・タッチ』には「この練修で求められているのは、自分が意識的に、粒子状に加えた方向性を、ただオフにすることのみ」とあります。
 自身の中にまだまだ「オフにすること」以外の意図が働いていたことを感じ、それを強調しては手放し、ただ「オフ」に委ねることを心がけていくと、蓮の花がフワ~っと自然に開いていくような感覚が実際に生じてきました。
 それは自分自身が行なっているというよりは、宇宙が運行し季節がめぐる自然の営みのようで、自分自身の内側にそのような感覚が存在する事実に目を瞠りました。
 この微細粒子の細やさ、いやしの波紋が花開く感覚は人間にとって新たな可能性であると感じます。

 蓮華掌を行なうごとに、その気持ちよさに全身が溶けていく心地になります。
 手をやわらげると本当に身体が楽になりますが、「蓮華掌」を行なった後、こうしてキーボードを打っていると、手の動きが異様に軽くスムーズで、仕事の能率が確実にあがります。
 普段はいつのまにか手を固く使ってしまっているかということであり、「手」を使う仕事を行なう全ての人に、蓮華掌は福音となるメソッドであると感じます。
(佐々木亮 神奈川樂会)


報告2

 テキストを参考にしてまず拍手を打ち、掌を柔らかく凹ませた基本ポジションをとった段階で気付いたことは、手や前腕に余計な力みが生じていることでした。その力みを入れているコマンドをオフにすることによって、手が手の中心エリアである掌芯を中心に、粒子的感覚をともなってゆっくりと凝集して手がすぼんでいきました。

 この凝集し掌芯に集まった状態から凝集するというコマンドをオフにすると、閉じられた手が緩み開かれていき、その緩んだ波紋が手から腕を伝わって全身に波及していきました。と同時に精神的にも今までしっかり握りしめていたもの(=執着)から解放され、自分自身の裡に収まり、とどまっているような明るく安らかな感覚が訪れることとなりました。
(平川晋一 神奈川樂会)


報告3

「蓮華掌・第1段階」を実践していたのですが、手がかたくなっていると、うまく凝集できなかったり、拡散も途中で尻すぼみになってしまったりしていました。
 しかし、手ほどき等をしっかり実践して身体を粒子的にした上で実践すると、あたかも掌芯(掌の中心)から泉が滾々と湧きだしてくるかのようなオフの感覚が全身に拡がっていき、オフの感覚がとめどなく拡がっていくという体験が起こり、本当に気持ち良く感・動しました。
『奇跡の手 ヒーリング・タッチ』の内容は以前から研鑽していたため、「蓮華掌・第3段階」を無意識のうちに行なっていたことに気付いたのですが、それをやめて、ただオフに委ねることを行なうと、とてもシンプルに、楽にレット・オフすることができ、まず第1段階を徹底的に行なうことの大切さを感じました。
 ただオフに委ねるということが、非常にシンプルな教えなのですが、長年レット・オフを修練してきても、まだまだ余計なことをしていたり、新たな発見があったりして、改めて大変奥が深い学びだと感じています。
(佐々木奈緒子 神奈川樂会/女神会)


報告4

「蓮華掌・第1段階(手の粒子感覚に凝集・拡散の波紋を起こす)」を実践しました。先だって「手ほどき」により徐々に粒子感覚が活性化していたので、凝集・拡散の波紋が感じやすくなっていました。蓮華掌により粒子感覚がより活性化し、身体の凝りがほぐれる、ストレスが軽減するという効果を感じました。

 今回実践してみて『奇跡の手 ヒーリング・タッチ』の高木先生教示事項にある「凝集」と「凝滞」は異なるという言葉がより深い体感を伴い理解される時がありました。やはり実践を通じて読み手に響いてくる本だと思いました。
(東前公幸 ヒーリング・ネットワーク関西)


報告5

 花が開いていくという変化を自分の手を使って再現しようと思っても、外側の形を合わせようとしている行為であり、似ているだけでしかないのですが、蓮華掌を通じて示される動きというのは、まさに蓮の花が開いていくのを自分の手を通じて実際に表現しているようで、本質的なところを表わしているように感じられます。
(帆足茂久 ヒーリング・ネットワーク九州)


報告6

「蓮華掌・第1段階(手の粒子感覚に凝集・拡散の波紋を起こす)」を実践いたしました。
 柏手を打ち、粒子感覚を活性させた後、右手の掌芯を凝集させたのですが、手がどうしてもいびつに閉じてしまうことを感じました。
 本に掲載されている先生の手は掌や指が均等に閉じているのに、自分の手がそのようにならないのは何故だろうと思いながら、何度も繰り返し蓮華掌を練修いたしました。
 すると、自分は粒子感覚を掌芯に凝集させるときに、掌芯を中心に前後左右から均等に凝集できていないことを感じました。
 そこで、右手の掌芯に左手の親指を触れ合わせ、掌芯の位置を明確にさせながら蓮華掌を練修いたしました。
 親指で触れ合っている掌芯に対して、前後左右から均等に粒子感覚を凝集させると掌や五指が均等に閉じていくことを感じました。
 次に掌芯を凝集させたコマンドをレット・オフするときにも、粒子感覚が掌芯を中心に前後左右に均等に拡散するように注意しました。
 すると、掌が掌芯を中心に花が開いていくようにふわりと拡がることを感じました。
 掌芯を中心とした手の使い方、在り方の大事さを改めて感じました。
(渡邊義文 ヒーリング・ネットワーク関西)
 
 

報告7

 最初は自分の意識と掌というものがバラバラに存在していてそれぞれがコマンドを発したりそれに応じたりしているという感じでした。徐々に凝集と拡散を深めていけるようになると、より精妙なたまふり感が全身に波及してゆくようになり、新たな活力に満たされ、精神的にも無用な囚われをより広い視野から見る余裕が自然と養われるのが分かります。指先で何かに触れる所作そのものも、情報量ですとか、それに対応する感性ですとかを向上させる有効な手段であると感じました。
(水野幸司 ヒーリング・ネットワーク東海)


報告8

 最初は指が硬直しているような感覚すらあり、掌中央部分に凝集・拡散が起きても指にギギギというきしみの音が響くかのような状態でした。
 しばらく観察していると、手首が固くなっていて、指と反対側の範囲が手首とセットになって粒子が凝滞しており、まず均等に凝集ができていないという感じを受けました。
 また、オフが起きることに対して「起きる」のではなく「起こそう」というオン寄りの意図が発生しているのも感じられました。

 オフが全てをやめること、しないこと、自然なものであることという認知をしばらく徹底させて取り組んでいると、全身に波紋が広がって来る時に思わず笑いが出てくるようになってきました。
 また、掌から波紋状に順次広がっていくだけでなく、腰や背中といった離れた部分が急に緩み開いてくることがあり、そうすると粒子の細やかさがより深まるのを感じます。
(道上健太郎 ヒーリング・ネットワーク山口/毘沙門会)
  
 

報告9

「蓮華掌・第1段階」に取り組ませていただきました。
 何度も練修しても、なかなか芳しい効果を感じられなかったのですが、どうも上下左右の方向のうち下の方向の意識が弱かった(左右もですが)というか自分で固めているというか、固まってしまっていたようで、トータルにバランスよく凝集も出来ず、拡散の波紋も起きませんでした。
 あまり良くないのかもしれませんが、意識がなくなって抜けている様に思える下の方に意識をやや多めに向けました。そうすると下の方向の意識化が進み目覚めが起こり、今まで無意識だった身体の様々な箇所も目覚め、非常に気持ちのいい開放感が感じられました。
 個人的なものかもしれませんが、指先の方ばかりに意識がいき、手根骨が固まっていて、それを意識できていなかったようで、感じ取れていなかった手根骨の厚みが出て意識化がすすむ事によつて掌全体を、トータルに感じられるようになり、ようやく蓮華掌が練修できるような準備が整ったように感じています。
 体中に様々なブロックが生じていて、中心が無くなってしまっていて、そもそも凝集すべき場所も方向も分からなくなっていたようですが、中心が蘇ってくるにつれ、腹の底から拡散の波がおこり体全体が開かれて姿勢が整えられていくように感じます。労宮へのヒーリング・タッチ、手解き、熱鍼法の練修も行ない掌を活性化、意識化していきたいと思います。ありがとうございました。
(斉藤実也 ヒーリング・ネットワーク東海)

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 蓮華掌を練修する時、「蓮の花が閉じたり、開いたりするようにしよう」と意図するあまり、手に余分な力が入り、この修法の本義である「オフ」の感覚が弱くなってしまうことがあります。
 そんな時は、「閉じる、開く」という外側の形を、ごく小さくして、動きを最小限にとどめて練修することをお勧めします。それにより、外形よりも中身(本質)をつかむことが容易になります。
 これは<実行要領>の中でも紹介されていますが、極限まで力を小さくしてゆく練修法は、ヒーリング・アーツにおいて非常に大切です。

 報告をお読みいただくとわかりますが、長年ヒーリング・アーツを実践してきているトレーナーですらも、完璧に、スラスラできるわけでなく、日々の生活の中で蓄積した体の滞り(ブロック)により、修法の醍醐味を味わうまでにかなりの時間を要することがあります。
 初心者の方はとくに、結果を出そうと焦ることなく、じっくり時間をかけて、コツコツ継続することが、ヒーリング・アーツ熟達の鍵となります。

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写真:Healing Photograph スライドショー1-15<ABD巡礼1>より