極樂の会 in 大阪 ~ヒーリング・タッチ実践&ヒーリング・サウンド体験~(2018年7月21日開催)のご報告です。(文/高木美佳)
開始前、参加者のみなさんと一緒に、会場そばに新しくオープンした、ネパール&インド&スリランカ・カリーのお店でお腹を満たしました。猛暑の中、スパイスの効いたカリーが体に染み込みます。
今回は、高木一行の『ヒーリング随感 第28回 音による禊祓い』を根本として、学びが進められていきました。
「禊祓[みそぎはら]い」とは、古事記や日本書紀において、死んだ妻イザナミを取り戻そうとしたイザナギが、冥界から戻った後、体についた汚れを落とすため、汚れを川で洗い落とした行為が元になっている言葉で、人間の罪・穢れを除き去る神事の意味です。
さて、ヒーリング・アーツ流の「音による禊祓い」とは、具体的にどのようなものでしょうか?
夫の文章から抜粋して、解説していきたいと思います。
実践するにあたり、まず会場全体に響くよう音楽を流しました。
『シャクティ』という私のオリジナル曲です。
◎まず、片手で軽く拳を握り、もう一方の掌の中央くぼみ(掌芯)をトントンとリズミカルに叩く。気持ち良く感じる範囲内で強めに。
手の骨を1つ1つバラバラにしていくつもりで。掌芯から四方八方に衝撃が拡がっていくのを感じつつ。
左右交互に、それぞれ数十秒ずつ行なう。
ヒーリング・アーツの実践は、まず「手」を柔らかくほぐすことからスタートします。このように、手の骨をバラバラにするつもりで叩くと、手の凝りがどんどんほぐされていき、「やめられない」ほど気持ちよくなってきます。
「もう少し叩いていたい・・・」というところで一旦、叩くことを収めます。
◎うやうやしく合掌して祈りの姿勢となり、心を鎮めつつ、両手でかしわ手を何度か打つ。
かしわ手を打つ際の態度・姿勢に、その人の<道>に対する態度・姿勢が自ずから表われる。投げやりで機械的・いい加減なかしわ手でしか打てない者が、わずかでも熟達したためしを私は知らない。
かしわ手は、日本人なら、一年に一度の初詣の際に、誰もが神に祈る行為として行なっている、馴染み深いものです。わざわざ初詣に行って、投げやりなかしわ手を打つ人などいないはずですが、練習の際にも、心を込めて打つことで、その効果は天と地ほどの差が出ます。
◎手がビリビリ微細に振るえる振動感(しびれ)が充分起こったなら、その掌の振るえを感じつつ、同時に音楽に耳を傾ける。
すると、音楽に合わせて掌の粒子感覚に波紋が起こるのがわかるだろう。音楽が掌でダンスしている。掌の粒子感覚が音楽に合わせて波立ち、揺らいでいる。
手を拳でトントン叩き、かしわ手を何度が打っていると、掌がジンジン痺れてきます。この「ジンジン痺れる感じ」が、「掌の粒子感覚」です。音楽が掌に響いて、音によって波紋が描かれていくような感覚があります。
◎再びかしわ手を打ち、そっと合掌。強く両手を押しつけ合うと、粒子感覚が鈍重になるから要注意。
両手ではさんだ粒子感覚の振るえに、音楽がどのように響いてくるか・・、そこに注意を向ける。
私たちは今、聴覚と触覚をクロスオーバーすることで<たまふり>を励起しようとしている。まずは、両手の間に起こる波紋を、耳で聴こうとするのでなく、掌そのもので感じようとしてみなさい。そして、徐々に、「聴くこと」と「感じること」を、同時に均等に意識していく。
聴覚と触覚が少し融合するだけでも、深い生命力の活性化が起こる。
「音」とは、物理的なものであって、音が鳴っている時は、実際に空気を構成する分子に波が起こっています。「音波」として伝わってきた振動を、耳でキャッチすることで「聴こえる」状態となります(脳には、電気信号として音が認識されます)。
大きな音でスピーカーを鳴らし、そこに手をかざすと、音とリンクして空気が振動するのがわかります。
つまり音は、耳で聴くだけでなく、触覚的に「触れる」ことができるものです。ヒーリング・アーツ流にいうと、能動的に「触れる」だけでなく、「音から触れられる」ことも同時に意識することで、「音との触れ合い」が起こります。
◎両手を離し(つけたままにしておこうとするコマンドをオフにし)、今度は一方の手の掌芯(労宮:掌の中心部にあるツボ)に対して、もう一方の手の指でそっとヒーリング・タッチ。
そして、掌全体で音楽の波紋を感じつつ、同時に掌芯を意識する。つまり、掌芯を中心として、手の波紋を感じる。
すると、音楽はまず掌芯を打ち、そこから波紋が周囲に拡がっていくことが感じられるだろう。掌芯以外に意識を移すと、音楽と手が確かに響き合っていることはわかるが、手に起こる波紋の全体像は見失われる。
私はこれまで何度か、「掌芯(労宮)は手の中心である」という「仮説」について述べてきた。それを体感的に各自が確認していくための方法がヒーリング・アーツにはいろいろあるが、これもその1つだ。
「掌の中心」には労宮というツボがあります。そこをヒーリング・タッチでケアすることで、胸郭が柔らかく開き、呼吸が深くなります。
心に何かストレスを感じた時にも、掌芯(労宮)にヒーリング・タッチすることで、胸のつかえが取れてスーッとするのです。
労宮で音楽の波紋を感じる練習は、ツボのケア&意識化という観点からも、非常に重要です。
◎掌芯から手全体に拡がっていく波紋の形、質は、曲によってまったく異なる。それが心身に及ぼす影響も違う。ゆえに、感覚がある程度開かれてきたなら、練修に用いる音楽の選定にも自ずから注意深くならざるを得ない。
掌の感覚が鋭くなってくると、音楽の好みもより繊細なものになっていくようです。
◎再び合掌し(必要ならまずかしわ手を打って:以下同様)、両手掌芯の間に音楽をそっとはさむ。そして、掌全体に拡がっていく波紋のダンスを感じる。
これまで折りに触れて述べてきたように、手は全身と対応し合っている。身体各部の状態が手に反映され、手の使い方をちょっと変えただけで全身の「あり方」が変化する。力の入り方、入る量、動きの質、速度なども、その場で直ちに変わる。
掌芯を中心として、手全体の音楽的振るえを感じてみれば、それが全身と響き合っていることがわかるはずだ。
このように、音楽を触媒として活用し、たまふりの粒子的振動感覚を磨くことができる。
非常に健康な人の頭に掌をそっと載せると、微細な振動が起こっているといいます。人が健康になってゆくと、日常的に、全身に振動が起こりやすくなります。これが、健康のバロメーターにもなるのです。振動が全く起こらなくなると、それは「死」に至る状態となるので、振動が起こりにくい、あるいはほとんど起らない体は、不健康(病気)といえるでしょう。
掌で音楽の波紋を感じ取れるようになることは、健康を促進することにもつながります。
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「音による禊祓い」を実践した後は、体の存在感が明らかに、爽やかになっている!
ドロドロした疲労感や心配事などは、綺麗さっぱり、洗い流されている実感があります。
そして2人1組になって手と手を触れ合わせる、「手合わせ」を行ってみると、音楽の波紋により自然に起こる動きが、普段のギクシャクした、硬い動きとは明らかに異なり、滑らかで、細やかな動きに変わっていることが、傍目からみてもはっきりわかります。
ここからが極樂の会の本番スタートです!(第2回に続く)