写真/高木一行
文/高木美佳

ジャコガイのヒーリング・フォト(パラオの海中にて撮影)。
南の海にひっそり佇むシャコガイをみたことがありますか?
ひとつひとつが藝術作品のように個性的で美しい色を持っています。
海の中で観察すると、時々呼吸するように、真ん中の穴の部分から勢いよく潮を吹くのです。
寿齢が200年を超えるオオジャコもあるそうで、動物種の中ではもっとも長生きすると言われています。
沖縄、奄美、エルニド (フィリピン)、マレーシア、パラオ等で出会ったたくさんのシャコガイたちからインスピレーションを受けて創作した『ベニティエ』という楽曲をYouTubeで公開しました。
夫もお気に入りの一曲です。
パラオの創世神話にいわく。
天なる始祖が海におろした大いなるシャコガイ、ア・キムより女神が産まれた。
この女神が独り身にて孕[はら]み、ア・キムの外套膜を借りて人類の祖神[おやがみ]を産んだ・・・と。(参考『土方久功[ひじかた ひさかつ]著作集』)シャコガイの外套膜(外側からみえるひらひらした肉厚の部分)と、女性の性器との共通性に着目する人々と、私たちはパラオで初めて出会った。
妻も私も、これまでずっとそう感じてきたし、本ウェブサイトでもしばしばそのように述べ記してきた。妻のヒーリング楽曲『ベニティエ』は、海の女神の象徴[シンボル]としてのシャコガイを讃える霊妙不可思議な傑作だ(ベニティエはフランス語でシャコガイの意)。
私たちと感性を同じうする人々が、ここパラオにはいる。パラオの人たちは自らを、シャコガイから産まれた者の子孫とさえ考えている。
シャコガイが女性器に似ているのでなく、女性器がシャコガイに似ていると感じる神話的連想。
これは、ヒーリング・フォトグラフに直通する感性[センス]だ。私は、すでにご存知の方も多いと思うが、シャコガイの讃美者だ(私がいう「美」には、美味しいという意味も含まれている)。
私が水中帰神写真を撮り始めた主な理由のひとつは、シャコガイだった。
あれらの美しさ、艶[つや]やかさ、華麗さ、あるいは地味さ、妖しさ、おかしみ・・・・を芸術的に表現し、伝え・分かち合う道はないものかと、長の年月、想を練り続けてきた。
それが、帰神撮影法により本当にできるようになった!
私たちにとり帰神撮影とは、厳[おごそ]かで敬けんな祈りの行為にほかならない。特定の宗教・宗派とは無関係の、祈りの本質とかかわるもの。
光と影を通じ、万物の裡にある聖なる輝きを、敬いと歓びに満ちて表現しようとする試み。
それは、ハードな面も多々あるが、とても「楽しい」。そして、楽しいと、ハードなことも楽になる。これは、事実だ。『レインボーズ・エンド パラオ巡礼:2011 第3回 女神のヴァジャイナ』(文・写真/高木一行)より抜粋。
ハワイ島の天文台について考える
ハワイ島マウナケア山で30メートル望遠鏡(TMT)が建設される計画についてご存知の方も多いと思います(参考記事:https://milaihawaii.com/bigisland/tmt_construction)。
火山の女神ペレに象徴されるように、自然そのものを神聖視し、敬う文化を持つハワイ島の人々。ハワイ島に何度も足を運び、現地のクム(踊りの師匠)から伝統的なフラを学び日本とハワイとの親善大使的な活動をしていらっしゃる友人から以下のようなお話を聴きました。
マウナケア山に天文台が作られると、そのアンテナに含まれる水銀が山を流れる川に溶け出し、山全体に毒が回るため、麓に住んでいる人々が飲む水にも水銀が混入してしまいます。そのため、12台までなら作ってもよい、という協定を結んだのだそうです。しかし今回、新しく天文台が作られれば、13台目になるので協定違反なのだそうです。
「ハワイの人々はずっと搾取され続けてきた。それなのに、講義運動を暴力で行うのではなく、愛に基づいた祈り、そして歌を通じて訴えている」というお話も聴けました。
ハワイのプロミュージシャンたちが一堂に介して、天文台建設の反対運動として、ハワイの大自然を敬う歌を歌っています。大迫力の愛と祈りの歌に耳を傾けてみてください。
本当に新しい天文台が必要なのでしょうか? ハワイの自然や人々を犠牲にしてまで、作る価値があるのかを、もう一度問いかけてみたいですね。
Lush(動物実験を行なわないハンドメイド化粧品)では、代金全額がコアラを救う活動に寄付される「コアラソープ」が販売されているそうです。日本のサイトでは、残念ながら完売してしまいました。